ママさんバレーでの体験談からのべっぴんさんの感想記事です。そもそも、べっぴんさんとママさんバレーって何の関係があるの?と思った人もいるかもしれませんね。実はべっぴんさんの感想を聞いてみたところ、体験談をもとに感想を話してくれた人がいらっしゃいました。

その感想が非常に深い内容だったので、ぜひとも紹介したいと思ったのです。しかし、気になるのがどこのエピソードとつながるのか?ということですよね。そちらについても解説しますので、ご安心ください。

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べっぴんさんの感想でママさんバレーと関係するシーンはどこ?

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いきなり体験談ではべっぴんさんの感想とどう関係するのかわからないですよね。まずはママさんバレーと結びつけたシーンについて簡単に説明します。

※詳しい説明は体験談の紹介の後でします。

具体的にはキアリスの新聞の取材で明美だけが記事に載っていなかったシーンです。すみれ、良子、君枝の3人は非常に気まずい思いをするわけですが、明美はそんな3人に対して「気にしなくてもええよ」と言っていました。

新聞記事が出る前日、明美は亡くなった母に「新聞に載ると知ったら、お母さんも喜ぶだろうな。」と言っていました。普段は感情をあまり表にすることのない明美でもすごく嬉しいんだな、とその気持ちはすみれ達にも伝わっていました。

もちろん、新聞に自分達の事やお店の事が掲載されることの喜びもあったでしょうが、それ以上に明美の喜びがすみれたちにとってはなおさら嬉しかったことでしょう。

そんな4人の気持ちに反して、掲載された記事の内容は非常に残酷なものでしたね。それに対して一番つらい思いをしているのは明美なのに、3人を気遣って出た一言がさらに痛々しく感じたシーンでした。

べっぴんさんの1シーンから感じたママさんバレーの体験談とは?

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それではママさんバレーの体験談について紹介したいと思います。

私は、ママさんバレーをやっていました。
10年以上続けて来ました。最初は、主人の仕事の転勤で移転してきたので、地区の人との交流とか、お友達作りとかも兼ねて参加していました。
一応、小学校、中学校とバレー経験がありましたので、スポーツ的にはなんの躊躇もありませんでした。
ただ、身長が低いことと、長年のブランクと、初めて交流する人との関係を築いていけるかが不安でした。所詮ママさんですので、楽しく体を動かすことが目的で、勝ち負けはその次といった具合でした。
年々歳をとり、メンバーも段々様変わりをし、チームもすっかり変わり、私も仕事との両立で、参加が苦しくなっていきました。

何より、私はレギュラーメンバーではありませんでした。
身長も低いですし、ジャンプもできるわけではなく、9人制ですので、ポジションは固定なのです。
9人いれば、試合はできます。

でも、練習は9人だけではできません。
練習人数は多ければ多いほど内容が充実できます。

試合となれば、やはり勝ちたいです。
少しでも上手い人、背の高い人、アタックができる人、サーブが強い人が優先されます。
私は、試合に来れない人の代わりの補欠要因です。

もちろんそんな立場なのは、重々認識しております。
だからいやだとか、辞めたいなどと思ったことはありません。

が、私が辞めたい、辞めようと決意したことがあります。

練習は、試合前になると、試合仕様の練習メニューに変わります。
レギュラーが十分に練習できるように、私たち補欠組は補助になります。

率先して、練習を遠慮するようになっていきました。
私たち補欠組が練習すると、レギュラー組の練習時間が減るからです。

一応補欠でも、試合には行きます。
すると、「せっかくわざわざ来たんだから、試合にも出てもらいましょう。」的に、メンバーチェンジで参加させてもらえます。
そんな参加では、普段練習を一生懸命やっていても、実力など発揮できません。
まぁ、発揮できるほどの実力もありませんが・・・。

試合は楽しいです。
点が取れた時、みんなから褒められた時など最高です。

試合のときは、お弁当をみんなで一緒に食べます。
体育館のロビーで地べたに敷物を敷き、ワンコインのお弁当と、それぞれの持ち寄りおかずや、お菓子を食べたりします。

それもまた、別の楽しさがあります。
自分がベンチにいるときも、大声で応援します。
声をかけます。
コートに入っていなくても、一緒に戦っている感はあります。
終わった後の、充実感もあります。

そんな楽しい事も、私が辞めようと考え始めたのは練習のときのメンバーからの気遣いがなくなっていったことへの、不信感が上廻ってしまったことがきっかけでした。
率先して、遠慮していた練習が当たり前になり、バレーそのものから、分担が変わっていってしまったことが耐えられませんでした。

今思えば、私が勝手に、いじけていただけなのかもしれません。
自分がチームにできることを考えて、試合をビデオに録画することをやり始めました。
ビデオ撮影は私がやります。

当然、試合にも出られません。
みんなは、後で反省会でのきっかけになるので喜んでくれます。
毎回、ビデオ撮影が当たり前になります。私は、練習には参加しますが、試合には出られません。
完全なビデオおばさんです。

それを裏付けたのが、私が辞めると分かったときに、
試合には、応援に来てビデオ撮ってくれる?
と、言われたことです。

私は、ピンと来なかったのですが、それを聞いていた私と同じ立場の友人が、「ちょっと、失礼じゃない!?」と言い、私に向かって「そんなことしなくていいからね。」とものすごく強い口調で言ってくれました。

彼女は、私と同じことを思い、感じていてくれていたと初めてわかりました。
少なくても彼女は、私をバレーチームの仲間として見ていてくれました。

非常に見ごたえのある体験談でしたね。では、これがべっぴんさんとどうつながるかを解説したいと思います。

べっぴんさんの感想とママさんバレーの体験談の関係について

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体験談を話してくれた女性は明美に強く共感していました。新聞記事での出来事は自分がママさんバレーでビデオ係にあることが当然となりつつあることを思い出す内容でした。

そんな中、メンバーからの心無い一言で自分がメンバーに使われていることを痛感します。これで終わりならその女性は二度と思い出したくない「黒歴史」として記憶を封印していた可能性はあります。

しかし、仲間の一人がそんな心無い一言をとがめてくれたことで自分を仲間の一人として見ていてくれた人がいることに気づき、いい思い出になりました

まあ、その心ない一言を発した一人も本当は悪気はなかったのかもしれません。しかし、その女性のビデオ係が習慣化することで感覚がある意味マヒしてしまい、女性の気持ちまで心が行き届かなかったということなんでしょうかね。

実はべっぴんさんでも新聞記事のことで「気にするな」と言われながらもすみれは明美のことをずっと案じていました。すみれはまさに「心無い一言をとがめてくれた仲間」だったんですよね。

そして、この新聞記事がきっかけですみれたちの4人の結束がより強くなりました。普段当たり前と感じていることからは中々変化が生まれないというのもまた事実ですよね。

べっぴんさんの新聞記事しかり、ママさんバレーの件しかり、どちらもそういう意味では共通しているのかな、と感じました。

以上、べっぴんさんの明美の新聞記事のママさんバレーの関係の体験談に基づいた感想でした。