べっぴんさんのモデル・坂野惇子さんの出身校についての記事です。特に印象的なのが尋常小学校時代と女学校時代のエピソードでしょうか。坂野惇子さんの出身の女学校、大学について書かれているサイトは結構あるのですが、尋常小学校時代のエピソードが意外に抜けているんですよね。

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べっぴんさんのモデル 坂野惇子の出身の小学校はどこ?過保護の家族に悩む!?

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坂野惇子さん(以下敬称略)の出身の小学校は兵庫県神戸市にある魚崎小学校です。
具体的な場所はこちらです。

兵庫県神戸市東灘区魚崎中町4丁目10-8

惇子の父親はレナウン創業者にして後に貴族院議員となる佐々木八十八です。貴族院といえば現在は存在しませんが、当時は皇族、華族などの名前の通り、貴族たちが集まった超エリート集団です。そんなメンバーの中に八十八が入っているということは佐々木家はかなりの名家ということになります。

当時、惇子たちが住む地域の良い家柄の子供たちは、こちらの甲南小学校に入学するのが習慣とされていました。

兵庫県神戸市東灘区住吉本町1丁目12-1

しかし、八十八が子供の健康をしすぎるあまり、惇子は甲南小学校ではなく、魚崎小学校に入学することになったのです。ここでちょっと2つの小学校の位置と惇子の家があったと思われる家の位置を比較してみましょう。

実は惇子の生家の場所は正確な位置は明らかにされていないものの、JR住吉駅と阪神魚崎駅の間くらいの場所とされています。ただし、八十八が魚崎に移り住んだ理由として、騒がしい大阪を離れたかったことと、阪神電鉄の大阪-神戸間が開通したことがあります。

となれば、それぞれの駅に近すぎず、それでいて遠すぎない場所と考えるのが自然でしょう。また、一番近い魚崎小学校に入学を決めたということで惇子の家があったのはこのあたりということでしょうかね。

兵庫県神戸市東灘区魚崎中町

この家の位置から見ると確かに甲南小学校は北西の場所にあります。実は八十八は惇子がこの方角に向かって通学することを強く嫌ったのです。それは甲南小学校に通うには六甲山から吹き付ける「北風」を受けなければいけないと考えたからです。

実は惇子の小学校の入学の件の他にも、八十八の「過保護過ぎるエピソード」は数多くありました。この八十八の過保護さが公立の魚崎小学校では特に目立ち、いつしか惇子は「別荘の子」と呼ばれ、学校で孤立することになります。

※八十八の具体的な過保護エピソードについてはこちらを御覧ください。
[blogcard url=”https://xn--nhk-1m4b9f3344a.com/beppinsan-netabare-isohachi/”]

惇子もそんな八十八の過保護過ぎる扱いに抵抗し、そのうち姉が選んでくれた服や、佐々木営業部の目玉ブランド「レナウン」の派手な服を着ることも嫌がるようになってしまいます。

べっぴんさんのモデル 坂野惇子の出身の女学校・大学はどこ?運命の相手との出会い?

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八十八の過保護っぷりに振り回されつつも1931年に魚崎小学校を卒業した惇子は甲南高等女学校に入学します。ちなみに甲南高等女学校は現在の甲南女子大学です。具体的な場所はこちらです。

兵庫県神戸市東灘区森北町6-2-23

さすがに甲南女学校も甲南小学校と同じく、惇子の家からは北の方角にあるわけですが、さすがに女学校に関してはNGということにはなりませんでした。まあ、もしそうなればどこの女学校に通えるんだ、という話になってしまうわけですが・・・。

惇子の女学校時代で注目したいのはやはり後の「ファミリア」創業メンバーとの出会いでしょう。惇子が1年のときに早速同じく創業メンバーの一人である榎並枝津子(田村江つ子)と出会います。江つ子は「べっぴんさん」の小澤良子のモデルでしたね。

この江つ子との出会いがきっかけでもう一人の創業者であり、「べっぴんさん」の小野明美(と高西悦子)のモデルの田村光子と知り合うことになります。

また、後に惇子の夫となる坂野通夫との出会いも実は惇子が女学校時代なんですよね。具体的には4年のスキー旅行の際に偶然出会い、そこから関係が深まり、結婚に至りました。べっぴんさんではすみれと紀夫は見合い結婚となっていますが、実際には二人は恋愛結婚だったんですね。

しかし、惇子は女学校卒業後にすぐに通夫と結婚するわけではなく、その後東京女学館高等科に進学します。惇子は2年間聴講生として学びます。

東京都町田市鶴間1105

惇子と通夫が結婚したのは、通夫が京都帝国大学を卒業した後ですので、惇子と通夫が初めて出会ってから4年後ということになります。

べっぴんさんのモデル 坂野惇子の出身校に君枝がいない!?その理由は?

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さて、ここでおや?と思いませんでしたか?「べっぴんさん」ではヒロイン・すみれの女学校時代に良子と君枝の3人で「手芸倶楽部」の活動をしていましたよね。しかし、実際には甲南女学校時代に惇子は君枝のモデルである村井ミヨ子とは出会っていません。

実は惇子とミヨ子の出会いは惇子が通夫と結婚した後の話となります。きっかけは本当に偶然でたまたま惇子と通夫の夫婦で犬の散歩をしていた際にミヨ子に声を掛けたことからでした。ですので、ミヨ子との出会いはずっと後なんですよね。

とはいえ、明美のモデルの一人の大ヶ瀬久子との出会いはミヨ子との出会いの一年後の昭和17年(1942年)ですし、もう一人のモデルの光子とはベビーショップ・モトヤの開店の昭和23年(1948年)ですので、それでも惇子とミヨ子の出会いは2番目というわけです。

以上、べっぴんさんのモデル・坂野惇子さんの出身校とそれに纏わるエピソードについて、でした。