べっぴんさんのゆりの妊娠についての感想です。今まで潔とゆりの間には子供がいませんでした、11週「やるべきこと」でついにゆりも妊娠することになりましたね。しかし、周りはともかくゆり本人はかなり憂鬱な状態のようです。

翌週の12週「やさしい贈りもの」では何とゆりは家出をしてしまいました。最初はマタニティブルーかな?とも思ったのですが、何となく違うようにも見えます。ここで、ぺっぴんさんのゆりの妊娠に纏わるエピソードの感想で一つ気になる内容があったので紹介したいと思います。

※ゆりの妊娠に纏わる全体のエピソードについてはこちらをどうぞ。
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べっぴんさんのゆりの妊娠の気になるエピソードとは?


べっぴんさん12週「やさしい贈りもの」では妊娠後のゆりの仕事について潔と大喧嘩した結果家出してしまう、という展開が待っているわけですが、実はそのきっかけとなるエピソードがありました。

それがゆりが潔に「男の子と女の子、どっちが欲しい?」と問いかけていたシーンです。最初は潔は「元気ならどっちでもいい」と答え、ゆりは一安心します。しかし、その後潔の「男の子なら、俺と一緒に坂東営業部を支えていってほしい」という本心を知り、がっかりしてしまうという内容です。

まあ、確かに潔の「男の子なら跡取りにしたい」という気持ちも分からないでもないです。しかし、ゆりは潔の本心に対して「女の子なら結婚して家を守って欲しい」という五十八の言葉を思い出してしまったというわけですね。

べっぴんさんのゆりは「感受性」で妊娠に思い悩む!?


ではこのエピソードについての感想を紹介したいと思います。

何がゆりを落ち込ませたのかについて、ゆりの心情を探ってみました。

男の子を生まなければならないというプレッシャーを感じたからでしょうか?
まだあの時代は男尊女卑が根強くありお家には跡取り的なことが優先されたのでしょうか?
それとも、坂東家を事実上継いでいてくれるすみれたちに、さくらしかいないことで、潔のような役割をゆりたちの子供にも継がなければならないことが、運命的に感じたからでしょうか?

ひとつ思いあたったことがゆりの感受性です。
ゆりはとても相手のことをよく見ていて、自分のことよりも相手のことを優先する性格だと思います。
相手の言葉から、その人の考えていること何を自分はしてあげなければならないのかを、瞬時に察知しているように感じます。

潔はゆりに「男女どちらでもよい」と答えたわけですが、それをゆりが「本当は男の子が欲しいのでは?」と感づいてしまったということなんでしょうかね。さらには潔もまた、野上家に養子で入ったという過去があります。そのため、どうしても跡取りが必要、というプレッシャーをゆりが感じた可能性は否定できません。

それにしても、ゆりの「感受性」とはちょっと意外な視点ですよね。どうやら過去に別のドラマで特に「感受性」を感じたエピソードがあったから、なんだそうです。ちょっと「べっぴんさん」とは離れてしまいますが、ここで感受性に纏わるエピソードについて紹介します。

とあるドラマの「感受性」のエピソードとは?


そのとあるドラマとは他局の「刑事ドラマ」です。夕方に度々再放送されているシリーズ物の刑事ドラマですね。そのエピソードがこちらです。

心に残った話の一つとしてまだ赤ちゃんを子育て中の主婦が、帰宅中のOLを狙った通り魔になってしまう話があります。

最初は引きこもりになってしまった青年が怪しいと、捜査一課の刑事たちが調べていきます。
しかし、主人公の刑事は真犯人を探しあてつつ、さらには引きこもりの青年の問題も一緒に解決してしまいます。
引きこもりの青年も、通り魔になってしまった主婦も共通しているのはどちらも感受性が高いと言うことでした。

そのため、相手の言葉の裏側にある感情を察知してしまい、自分を追い込んでいってしまいました。
私には、この「感受性」の部分に強く共感しました。

つまりは「感受性」が強すぎるゆえに「見たくない部分も見えてしまった」というわけです。ゆりも同様に自分を追い詰めたところがあったということなんでしょうかね。

「べっぴんさん」の感想を頂いた女性の「感受性」の体験


実は、感想をいただいた女性自身もどちらかといえば「感受性」の強かった過去がありました。そのため、同様に見たくない部分も見えてしまい、嫌な思いをしたことがあったそうです。具体的には以下のような内容です。

私も母を介護しているうえで、どうしたら老いた母が生活しやすくなるのだろうかと常に考えています。
なので、母の一言一言を聞き逃さずに、対処することを繰り返しています。たとえば「腰が痛い」と言えば、

  • 座っている椅子の高さが合わないのではないか。
  • 筋力が衰えてきているので軽い運動をさせなくてはいけないなぁ。
  • お昼ご飯を食べた後に散歩をさせる習慣をつけてあげなければ。

などひとつの課題に対して、いろいろな対策を練ってしまいます。

また「寒い」と言えば、

  • 部屋を暖かくする
  • 着るもので暖をとれるようにする
  • 暖かい時間帯に風呂に入れるようにする

など、考え始めるときりがありません。

しかし、当の本人はただの独り言の場合もあります。そのため、別に対策をしてほしくて言ってわけではないこともあるのです。そうなるど私が「こうしたら、ああしたら」という言葉は単に「うるさい」だけになってしまいます。

私もそんな母親の態度にどうしてもイライラとしてしまうのです。娘からは「全部を聞いてはだめ。半分は聞き流しなさい」と言われるのですが、どうしても私には気になってしまうんですよね。

それは母の言葉の裏側に隠れている気持ちを万が一取りこぼしたり、解決できなかったときに自分が落ち込むのがいやなのです。もちろん、仮にそうだとして誰も責めたりはしないこともわかっています。実際に責められたこともありません。

前に「早くこうしてあげてれば、こうはならなかったよね。」と後悔したことがあったのですが、結局は「しょうがないじゃん。大丈夫だよ。」で済まされました。

最近になると私も年を取ったせいか、「取りこぼし」が多くなりました。その分感受性のアンテナが今までほど効かなくなったせいか、イライラすることが少なくなったようにも感じます。

しかし、現在のゆりは当時の私のような感受性のアンテナがかなり敏感なんだろうな、と思ってしまいました。

人の感情を察知できるということは気が利く行動がとれると言うことなんでしょうが、常に人の感情が見えてしまうというのは逆にストレスになってしまうかもしれないですよね。

物語上は12週の間に妊娠の件については何とかゆりと潔は和解することにはなるのですが、今後別のところでゆりの「感受性」部分が悪い方向に働く可能性は決して否定できないということなんでしょうかね。

以上、べっぴんさんのゆりの妊娠の「感受性」で見た感想でした。