朝ドラ「べっぴんさん」のさくらのモデルについての記事です。べっぴんさんのさくらといえば、15週放送の「さくら」に高校生として登場して以来、18週「守るべきもの」まで反抗期全開で周囲を困らせていたことがかなり印象的ですよね。

そんなさくらのモデルもやはり、反抗期全開だったの!?と心配になってしまいますが、もちろんそんな記録はありません。まあ、仮にあったとしてもそもそも残さないとは思いますが・・・。それどころか、さくらのモデルとなった人物はある有名キャラクターの人気の火付け役だったのです。

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朝ドラ「べっぴんさん」のさくらのモデルってどんな人?キアリスとの関係は?


<敬称は省略しています>

朝ドラ「べっぴんさん」のさくらのモデルとなったのは、ヒロインのモデル・坂野惇子の長女・光子(てるこ)です。「べっぴんさん」では紀夫の出征後にさくらが誕生するという話の流れになっていますが、史実ではちょっと違います。

実は紀夫のモデルの坂野通夫が出征したのは光子が1942年(昭和17年)10月13日に生まれた1年後の1943年の10月なんですよね。つまりは「べっぴんさん」のさくらのように父親の顔を全く知らないということはなかったわけです。

※正確には通夫は軍として出征したわけではなく、海軍の嘱託としてジャカルタに派遣されました。

とはいっても光子が1才になる前に海外に派遣されたわけですから仮に覚えていたとしてもかなりおぼろげ、ということになるんでしょうね。

光子と「べっぴんさん」のキアリスのモデル・ファミリアとの関係についてですが、具体的には「夫と息子が歴代社長である」ということでしょうか。光子は母親の惇子とは異なり、直接ファミリアの経営に関わっていたわけではないようです。

光子の夫となったのは神戸の財閥の岡崎家の長男の晴彦です。ファミリアの社長は光子の父、つまり惇子の夫の通夫から、
坂野通夫 → 岡崎晴彦 → 岡崎忠彦
と、息子の忠彦まで引き継がれてくるわけです。

※ちなみに2017年2月現在のファミリアの社長も岡崎忠彦さんです。

実は19週「希望」では反抗期から抜けたさくらがキアリスで働く(アルバイトをする)ことになるわけですが、今後キアリスにどこまで関わっていくのか気になりますよね。

まあ、それよりも「べっぴんさん」では「光子の夫の岡崎晴彦」にあたる人物が誰になるのか?ということのほうが世の注目度は高いのですが・・・。

朝ドラ「べっぴんさん」のさくらのモデルが火付け役となったブームとは?


朝ドラ「べっぴんさん」のさくらのモデルがキアリスのモデルのファミリアの経営に直接関わっていないことは先程お話しましたが、だからといって光子はファミリアとは無関係なのか?というと全くそんなことはありません。

実は光子はファミリアにあることで多大な貢献をしています。それがあるキャラクターの日本国内への普及でした。そのキャラクターとは「スヌーピー(Snoopy)」です。スヌーピーとしては今や知らない人はほとんどいないかと思いますが、その人気の火付け役が実はさくらのモデルの光子だったんです。

実は光子は通っていた小林聖心女子学院を卒業後、親元を離れアメリカに約1年半滞在した時期がありました。きっかけは実はファミリアが海外進出を始めたことでした。この関係で1962年にハッチャー婦人が来日します。そして、ハッチャー婦人は光子のことが気に入り、アメリカでのホームステイの話が出てきたというわけです。

この時アメリカではちょうど「スヌーピー」が大人気でした。そして、光子もまたこのスヌーピーの大ファンとなり、日本にスヌーピーが描かれた漫画「ピーナッツ」を数冊持ち帰ります。そして、光子はスヌーピーグッズを自作します。具体的にはスヌーピーの刺繍入りのテーブルクロスやクッションです。

やがて光子のスヌーピーファンは両親にも伝染します。まず最初はすみれのモデルの惇子です。やはりかわいいものに弱いというのはいつの時代も同じのようですね。そして通夫も影響され始めます。結果、なんとファミリアでスヌーピーのコピーライトを申請し、グッズを売り出すことになりました。

まあ、スヌーピーが今でも日本で大人気なのは言うまでもありませんよね。

朝ドラ「べっぴんさん」のさくらのモデルのまとめ


気になるのが、史実のようにさくらがスヌーピーを日本に持ち帰るという内容のエピソードが盛り込まれるのか、ということです。今まで(特に高校生になってから)キアリスのメンバーに心配ばかりかけていたさくらが唯一恩返しができる機会でもあるんですよね。

こればかりは朝ドラ「べっぴんさん」を最後まで見届けるというしかないでしょう。以上、朝ドラ「べっぴんさん」のさくらのモデルの意外な貢献についてでした。