わろてんかのモデル「吉本興業」についてのネタバレです。わろてんかのヒロイン・てんのモデルは吉本興業の創業者の一人・吉本せいであるのは前にもお知らせしたとおりです。でも、11月時点ではわろてんかの序盤ということで「吉本興業」は登場していないんですよね。

もちろん、ドラマ上でそのまま「吉本興業」という名前で登場するわけはありません。だとするとわろてんかでは何という名前で登場するのか、ちょっと気になりませんか?それにそもそも「吉本興業」がいつ登場するのかも興味がありますよね。

そこで今回はわろてんかでの「吉本興業」について調べてみました。

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わろてんか ネタバレ 吉本興業がモデルの会社の名前は?

わろてんかでは吉本興業がモデルの「笑いの殿堂」の会社の名前は「北村笑店」です。

名前の由来はてん(葵わかな)の嫁ぎ先(2017年11月現在ではまだ結婚していませんが・・・)の「北村家」から来ています。元々はてんの「将来の」夫・藤吉(松坂桃李)の実家である「北村屋」が倒産してしまい、藤吉とてんと二人でゼロからスタートしようとしたのが「笑いを商売にすること」でした。

ですので、会社の名前に「北村」を付けるのは当然というわけですね。

実は、北村笑店の前身となった寄席小屋である「風鳥(ふうちょう)亭」も藤吉は最初は「北村亭」という名前にしようとしていました。しかし、藤吉の母・啄子(つえこ)(鈴木京香)がそれに大反対だったんです。そもそも啄子自身は「笑いを商売にする」ことについて納得をしていませんでした。

そのため、てんたちは「北村屋」を引き払ってから1ヶ月以内にめどがたたなければ「笑い」を諦めると啄子と約束をしたほどだったんですよね。まあこちらに関しては期限だった1ヶ月以内に何とか「風鳥亭」の興行を開始することができたので事なきを得たわけですが・・・。

ちなみにモデルとなった「吉本興業」ももちろん、名前の由来は「吉本せい」「吉本吉兵衛」とせいの嫁ぎ先の姓から来ています。

具体的には

吉本興行部(1913年)
吉本興業合名会社(1932年)
吉本興業株式会社(1948年)

という形で何度か微妙に名前が変わっているのですが、「吉本」という名前がついているのは変わりませんよね。

わろてんか ネタバレ 吉本興業がモデルの「北村笑店」はいつ登場する?

「北村笑店」という名前が登場するのは第8週「笑売の道(仮)」です。

わろてんかの物語としては先程紹介した風鳥亭が興行を開始してちょうど一年後となります。

最初こそはなかなか「売れなかった」風鳥亭でしたが、落語界の重鎮の一人である喜楽亭文鳥の特別出演や啄子の経営のサポート、さらには伊能栞(高橋一生)の助けなどもあり、ようやく軌道に乗り始めます。

そして、風鳥亭の開業一周年である大きな節目を迎えることになります。それは「藤岡屋への借金の完済」でした。

実は風鳥亭の開業にあたっては芸人の元締め・寺ギンと買収合戦をしていました。そこで急に五百円という大金が必要となります。もちろん、当時の藤吉たちにそんなお金が用意できるわけはありません。そこでてんは実家の藤岡屋にお金を借りようと頭を下げに行きます。

とはいえ、てんは藤岡家を「勘当」された身です。そのため、一度はてんの父・儀兵衛(遠藤憲一)に断られます。しかし、祖母のハツ(竹下景子)の口添えで何とかてんは藤岡屋からお金を借り、五百円を用立てすることができました。

てんは少しづつ藤岡屋に借金を返してきたわけですが、風鳥亭の一周年記念と同時にようやく完済することができました。

これでようやく啄子も藤吉を「一人前」と認めました。同時に啄子はてんも北村家の「ご寮(りょん)さん」と認めました。これでついにてんと藤吉は結婚することができるわけです。

ちなみにこの後啄子は知人の紹介で何とアメリカに旅立ってしまいます。啄子らしいといえば啄子らしい最後ということになるんでしょうかね。

※とは言ってもこれで啄子が亡くなるわけではないんですけどね。

もちろん、北村笑店の始動はゴールではありません。ここからいよいよわろてんかの「吉本興業」が始まります。ですので、この時からさらにわろてんかの話が面白くなるのでは?とちょっと期待をしています。

とはいえ、それまでの話を見ないと面白さが半減するのは言うまでもありません。11月頭時点では家も職も失い、と将来に希望が見えない状況です。しかし、そんな中で明るく振る舞うてんもわろてんかの見どころの一つかもしれませんね。

以上、わろてんかの「吉本興業」がモデルの会社についてのネタバレでした。最後までご覧いただきありがとうございました!