わろてんかのヒロイン・てんと藤吉の結婚についてのネタバレです。てんと藤吉が結婚することは既に確定事項なのですが、実は11月頭の時点ではてんと藤吉の二人は姑の啄子(つえこ)に夫婦として認められていませんよね。

もちろん、このまま式を挙げずに「事実婚」として「わろてんか」の話が最後まで続くのもアリといえばアリです。ただし、そこはやはり「朝ドラ」です。今後、ちゃんと啄子に認められた形で式を挙げることになるのでご安心ください。

問題は「いつ結婚するのか?」ということですよね。そこで今回はてんと藤吉の結婚の時期について調査してみました。せっかくなので史実とも比べてみましょう!

スポンサーリンク

わろてんかのてんと藤吉の結婚はいつ?「吉本興業」誕生もネタバレ!?

わろてんかでてん(葵わかな)と藤吉(松坂桃李)が結婚するのは実は11/20(月)~11/25(土)放送の第8週「笑売の道(仮)」です。具体的には第8週の後半辺りにてんと藤吉の祝言が行われることになります。

この時はてんと藤吉の二人で開業した寄席小屋「風鳥(ふうちょう)亭」が1周年を迎え、ようやく軌道に乗り始めました。実は「風鳥亭」の開業にあたっては再び資金面の問題が発生しました。そのため、てんは実家の藤岡屋に五百円の借金をすることになってしまいます。

※今で言えば五百円は大金とは言える額ではありません。ただし、当時(明治40年頃)の1円は物価等も考えると、今で言えば2万円くらいの価値があったようですね。つまり実際の借金額は今で言えば一千万円近くだった、ということになるのでしょうか。

実は「風鳥亭」の開業1周年のタイミングでてんたちは藤岡屋の借金を全額返済することができました。一周年記念興行も大好評のうちに終了し、てんと藤吉の「笑い」がまさに名実ともに一人前になったとも言えるときなんですよね。

この時、藤吉の母・啄子(鈴木京香)はてんを「おりょんさん」として認め、藤吉との結婚を許すことになりました。そして、明治45年(1912年)にようやくてんと藤吉は祝言を挙げることになりました。

実はこの時に藤吉は啄子に新しい会社の看板を見せます。その看板には「北村笑店」と書いていました。

元々藤吉は寄席小屋の名前も「北村亭」にしようとしていました。しかし、それは啄子が反対していたんです。まだ「風鳥亭」が成功するかもどうかも分からないし、さらには藤岡屋に多額の借金をしている状態で北村を名乗ることは許されない、というわけだったんですね。

ちなみにこの「北村笑店」が史実の「吉本興業」に当たります。つまり、わろてんかではてんの結婚と「北村笑店」の始動はほぼ同じ時期だった、というわけです。

わろてんかの結婚のネタバレ 史実では?

実はわろてんかのてんと藤吉が結婚するまでのエピソードは史実にかなり忠実に再現されています。

わろてんかでは

  1. てんと藤吉の同居生活が始まる
  2. 北村屋の廃業
  3. 寄席小屋「風鳥亭」の開業
  4. てんと藤吉の結婚
  5. 「北村笑店」の始動

という順番で物語は進みます(進みました)。

これを史実に当てはめてみると

  1. せいと吉兵衛(当時は吉次郎)の同居生活が始まる(1907年)
  2. 箸吉廃業(1909年)
  3. せいと吉兵衛が結婚(1910年)
  4. 「第二文芸館」を買収し、寄席経営をはじめる(1912年)
  5. 「吉本興行部」を設立(1913年)

という順番になります。

わろてんかと史実のモデルを比べると

わろてんか 史実のモデル
てん せい
藤吉 吉兵衛
北村屋 箸吉
風鳥亭 第二文芸館
北村笑店 吉本興行部→吉本興業

という対応関係になるので、結婚と寄席経営のタイミングは前後するにせよ大体同じタイミングなんですよね。

てんと藤吉が周りに認められ、ゴールインするのはもう少し先の話になります。しかし、第6週(11/6~11/11)の「ふたりの夢の寄席」ではまだ二人が「半人前」であることは否めません。ここは二人が成長していく姿をもう少し見守っていきましょう、という制作側の意図もあるんでしょうかね。

※とは言っても史実では藤吉のモデル(吉兵衛)の今後がちょっと心配な状況になってしまうんですよね。この部分はあまり再現してほしくない部分ではあるのですが・・・。

以上、わろてんかのてんと藤吉の結婚時期のネタバレでした。最後までご覧いただきありがとうございました!