今更ですが、とと姉ちゃんのモデルについて紹介します。

考えてみると「とと姉ちゃん」のキャストについては紹介してきましたが、
肝心のストーリーについては全く触れていませんでしたね。

メインヒロインは高畑充希さんが演じる小橋常子ですが、
そもそも常子って誰?
と思った人も少なくないはずです。

そこで、とと姉ちゃんのメインヒロインのモデルとその人生について触れたいと思います。

もちろんドラマ化するにあたって
史実とは若干異なる部分もあるかと思いますが、
全体的な話の流れはつかめるのではないでしょうか。

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とと姉ちゃんのモデルは誰?何をした人?

とと姉ちゃんの主人公である小橋常子のモデルは大橋鎭子(おおはししずこ)氏です。
(以下敬称略)

鎭子は編集者であり、エッセイストです。

となると
代表作は何?
とちょっと気になりますよね。

鎭子の代表作は「暮しの手帖」です。

しかし、暮しの手帖をご存知な人は
あれ、雑誌だよね?
と疑問に思ったでしょう。

実は鎭子は「暮しの手帖」を出版している暮しの手帖社の創業者であり、社長です。

暮しの手帖は鎭子のほか、天才編集者である花森安治、
そして、鎭子の2人の妹・晴子と芳子の協力によって創刊に至りました。

物語のゴールはやはり暮しの手帖をモデルにした
「あなたの暮し」の創刊となるのでしょうが、
史実ではそこに至るまでもいろいろなことがあったんですよね。

とと姉ちゃんのモデル・大橋鎭子の人生は波乱万丈!?

「とと姉ちゃん」での小橋常子の性格自体は
猪突猛進、好奇心旺盛、物おじしない性格
と一言でいってしまえば、「かなり前向き」です。

しかし、常子のモデルである鎭子の環境はあまり明るいものではありませんでした。

まずはとと姉ちゃんのキャスト紹介でも明らかなのは
常子(鎭子)が幼い頃に父が亡くなるということですよね。

しかし、実はそれまでもかなり大変でした。

鎭子の父が肺結核を患ったのは亡くなる5年前でした。
それまで、鎭子は療養所を探しに静岡から東京の間を転々としていました。
そして、父の葬儀ではまだ11才ながら鎭子が喪主を務めたのです。

そして、鎭子は高等学校を卒業し、一度は日本興業銀行に入行しますが、
再び学業に目覚め、3年で退行し日本女子大学に入学します。

しかし、ここで再び鎭子に不幸が訪れます。
なんと、鎭子も父親と同様に肺結核にかかってしまったのです。

鎭子は何とか一命を取り留めることはできたのですが、
残念ながら大学は中退し、静養生活を送ることになります。

そして、病気から回復した鎭子は日本読書新聞に入社します。
このとき、鎭子は太平洋戦争を経験します。

戦後になって鎭子は「魂のパートナー」となる花森と知り合います。
その直後、花森、晴子、芳子、そして後に晴子の夫となる横山啓一と
暮しの手帖社の前身となる衣装研究所を設立します。

そしてついに「暮しの手帖」(ドラマでは「あなたの暮し」)創刊となるわけです。

父の死、肺結核との闘病、そして戦争とこれだけでもドラマとなる内容は盛りだくさんです。
もちろん、ここに姉妹との絆、そして暮しの手帖社設立のエピソードも入ります。

「とと姉ちゃん」ではこの盛りだくさんな内容をどうやってまとめているのかが
非常に気になりますね。